近代文人画の巨匠富岡鉄斎(1836~1924)は若い頃から、俗塵を排した生き方を選び、自然を愛し、南北朝時代の詩人で官職を退き、隠遁生活を送った陶淵明や明代末の画家で評論家・董其昌の画に対する考え方や文人としての生き方に傾倒。董其昌の「万巻の書を読み、万里の路を行き、胸中より塵濁を脱去すれば・・・」を座右の銘としていました。 色彩鮮やかな青緑山水の大作や最晩年に描いた水墨画の名品など約60点が展示されます。鉄斎が理想とした仙境の世界に分け入って神仙思想に触れ、しばし、鉄斎の胸中に思いを馳せてみてはいかがでしょう。
文人の理想郷を独自の仙境図へと昇華
古代中国の神仙思想から生まれた「仙境」は不老不死の仙人が棲むとされる伝説の地。隠遁生活に憧れを抱く文人たちの画題として描かれ、吉祥を象徴する存在として親しまれました。鉄斎も多くの仙境図を遺しています。老子や荘子の説く道教思想に影響を受け、該博な知識をもとに、渤海湾中に浮かぶとされる三神山の蓬莱・方丈・瀛州や寿老人、陳希夷、西王母をはじめとした神仙を描きました。2005年には開館30周年記念春季特別展「鉄斎―仙境への道―」が開催され、青緑山水の名品『武陵桃源図・蓬莱仙境図』(六曲一双屏風、京都国立博物館蔵)や90歳落款の山水画『水墨清趣図』などが展示されました。
現代でも理想郷のことを「桃源郷」と表現しますが、世を逃れ、歴史からも忘れ去られ、桃の花の咲く地に平和な暮らしを続ける一族の理想郷を描いた陶淵明の詩文「桃花源記」が由来とされています。
今展の注目は、ポスターにもデザインされている色彩鮮やかな三幅対の『寿山福海図』。海を渡り、仙境に向かう仙人たちの群像二幅と仙境図一幅という見ごたえのある大作で鉄斎64歳の作品です。72歳の作品『神仙採薬図』(左上の図版)も色彩が美しい作品で、左幅は薬草を採る仙人と仙女、右幅には寿老人が見える仙境が描かれています。2作品とも鉄斎美術館では十数年ぶりの公開となる名作、じっくりと味わってみたいものです。
水墨と淡彩で表わした最晩年(89歳)の『蓬莱山図』も見逃せません。また、鉄斎は富士山など日本の景にも仙境を重ねて表現しており、水墨で描いた富士の画も展示されます。
鉄斎が理想郷に思いを馳せ、自身の胸中の丘壑を描いた仙境図。神仙の棲む世界に分け入ってみましょう。

寿山福海図・神仙採薬図(対幅) 72歳
「鉄斎の仙境―神仙の棲む世界―」展
会 期:11月11日(火)~12月21日(日)
開館時間:10時~16時30分
会 場:鉄斎美術館本館 月曜休館(11/24開館翌休館)
入場料:一般600円、高大生400円、小中生200円
(65歳以上、障害者手帳提示の方、半額)