筆の衰えも見られない晩年の作品
会場を入って、まず目にしたのが画面いっぱいに描かれた『昇天龍図』。これは晩年の鉄斎と親交のあった清荒神清澄寺の先々代法主・光浄和上に贈られた作品だそうで「九十翁」の款記がありますが、数え89歳で描いたとは思えない迫力です。
葛飾北斎も最後は富士に龍を描いています。
「時年九十也」の款記がある『君子清遊図』に描かれている人物の表情は豊かで生き生きとしていて、晩年になっても筆の衰えが見えません。
私の師でもある画家の斉藤義重は90歳で個展をしましたが、好奇心を失わず生涯現役を貫き、長寿を全うするのはアーティストの理想、ひいては人間の理想といえるでしょう。
絶筆とされる作品は、90歳まで生きた宋の隠遁者・栄啓期を描いた作品で京都国立近代美術館に所蔵されていると聞きましたが、同じ頃に描かれた「扶桑神境図」(右上の写真)には大正14年1月と書され、鉄斎が正月を迎えるつもりでいたことが伺えます。大晦日に亡くなり、新年を祝うことは叶わなかったのですが、芸術家の気概が感じられます。
私が一番気になったのは画帖『文人多癖帖』。
展示されているのは一部ですが、全部を見てみたい衝動に駆られます。池大雅の肖像画や乾山の急須などの他、愛蔵の印姿や由来が識され、鉄斎の号である「案山子」の印章も捺されています。鉄斎の興味を知ることができ、鉄斎の息遣いまでも聞こえてきます。「君子は和を以ってす」の文字をデザインした題字も斬新で面白い。
史料館は初めてでしたが、限られたスペースだけに、企画の意図がよくわかり、じっくり観ることができます。印癖をテーマにした企画展も是非観てみたいものです。
【プロフィール】
小清水 漸(すすむ)
1944年愛媛県宇和島生まれ。
宝塚大学学長を経て京都市立芸術大学名誉教授。
2004年紫綬褒章受章、07年京都市文化功労者。1960年代後半から素材間の関わりを重視した彫刻作品を制作。美術運動「もの派」の中心的アーティストとして国内外で活躍。1986年パリでは「前衛芸術の日本1910-70展」に故元永定正とともに出展。2017年より池田市から宝塚に移り住む。