清澄寺の歴史を紹介する企画として、これまでにも「清澄寺縁起と冥途蘇生記」展、「清澄寺―近世の復興―」展などが開催されましたが、今回は、源平合戦、荒木村重の乱により過去2回の兵火により炎上、焼失の危機を乗り越えた後、江戸期に入り荒廃していた当山が再興し、現在に至る千年余に及ぶ歴史を知る展示となっています。
一番古いものは、清澄寺住持・慈心坊尊恵上人の蘇生譚で、「平家物語」などに引用されたことで有名になった「冥途蘇生記」(巻子)。尊恵上人の肖像が併せて展示されています。また、創建から南北朝末までの変遷を記した「清澄寺縁起」(巻子)は清澄寺の歴史を知る貴重な史料で、巻頭部には宇多天皇と皇后が同じ霊夢を見、諸仏を勧請し、この地(今の寺域とは異なり谷一つ隔てた東側長尾山上)を選んで開創に至った経緯が記されています。
特に目を引くのは南北朝時代に描かれた貴重な仏画「不動明王二童子像」。両眼を見開き、身体から猛炎を発し、悪魔、煩悩を掃うために化身した偉力ある像は見逃せません。
他にも、豊臣秀吉の正室北政所のおばに当る七曲殿が田地三反を寄進した際の天正15年11月23日の日付のある寄進状や江戸末期に諸堂を再建・整備し、寺運を好転に導いた第33世法主露庵和上の肖像画と露庵和上に宛てた江戸末期の思想家・佐久間象山の詩などからは歴史を近くに感じることができます。
そして、文人・富岡鉄斎とも親交があり、宗教と芸術の融合である「宗美一体」の理念を掲げた第37世法主光浄和上の穏やかな坐像には、今も脈々と受け継がれている立宗の本願を見るようです。