書を芸術の域に高め、書聖と称される中国晋の王羲之が書いた「蘭亭序」を一昨年東京国立博物館で見ましたが、鉄斎美術館で再び蘭亭序に出会えるとは思っていませんでした。
鉄斎が49歳で描いた色鮮やかな「蘭亭曲水図」(写真右上)を見ると、流水に浮かべられた杯が巡ってくる間に詩を詠むという王羲之が催した曲水の宴の様子が目の前にひろがるようです。その画賛に鉄斎の筆で蘭亭序が書かれています。
王羲之が大好きだったという鵞鳥を描いた「鵞図」も深い意味が分かると興味がさらに膨らみます。鵞鳥は首が360度回るので、自在な筆遣いに通じる、また部首が上下左右にある稀有な漢字であり、陣形の一種に例えられる、それが賛にちゃんと書かれています。賛は後になるほど字が小さくなっているんですが、いい味になっていて絶妙なバランスを感じました。決して書のお手本にはなりませんが、自分流の世界に到達した鉄斎だからこそ、説得力をもつのでしょう。
中央に飾られている六曲一双屏風「青緑山水図」(写真左上)は、77歳で描いたとは思えない迫力で観る者を引き込みます。右隻は俯瞰で、左隻と目線が違っているんですが、全体を見ると違和感ないのが不思議ですね。描かれている人物も遠近であまり大きさが変わらないのに不自然さを感じさせないと言うのも。朱の使い方も巧みです。
「墨に五彩あり」といわれますが、鉄斎の淡墨は透明感があり、五彩を感じます。「僊游蓬莱図」に描かれている仙人が心を遊ばせる蓬莱山の図は薄墨が美しく、画と賛の文字が一体となっていて心に残る作品です。
昨年訪ねた中国杭州の西湖を描いた「西湖全景図」はそのままの景観に感激しました。湖を掘った土で蘇東坡が築いたという蘇堤も描かれています。
中国に行ったことのない鉄斎があれだけの作品を描けたのは、並はずれた資料収集力とそれを咀嚼して自分のものとし表現し得たからなのでしょう。
和田秀蘭・兵庫県加古川出身。教職を経て1985年、阪口秀岳門下に入り、本格的に書(漢字)に取り組む。展覧会活動を経て秀蘭書院を主宰、宝塚市内の教室で指導。近年は水墨画家・潮見冲天氏に師事し、書と画のコラボレーションに取り組んでいる。