宝塚に住みながら鉄斎美術館には行ったことがありませんでした。絵を勉強したのも大学に入ってからで、全く自由に描きたい物を描いています。師を持たない鉄斎、その多様な画風、多彩な画題に、日本画家と言われる人とは違う独自性を感じます。
鉄斎は「自分は学者であって画家ではない」といっている。人物画を見ても全ての画に歴史や逸話といったドラマや鉄斎の思いが詰まっていて、それが画という表現方法で表されているので、技法や技巧ではなく、画の内面を読み解くと面白いですね。
「牛祭図」は、鉄斎が祭りの復興に尽力した京都三大奇祭のひとつで太秦の広隆寺に伝わるお祭りだそうですが、その思いが祭りの一瞬を捉えた力強い即興描写に表れているようです。
僕と同じ33歳に描いたという「隠逸畸人図」(上の写真、竹村さんの右)にも惹かれるものがあります。鉄斎が尊敬する人物、大石内蔵助、池大雅・玉瀾夫婦、売茶翁らを特徴的に描いていて鉄斎の思いが伝わってきます。
鉄斎といえば力強い筆づかいの大胆な墨彩画といったイメージが強かったんですが、この展示を見て若い頃の丹念な筆づかいや、五十歳代の大和絵風の画など多彩で、イメージが破られました。同じ人物が描いたとはとても思えません。
筆づかいが凄いと思ったのは、やはり晩年、八十八歳の作「普陀落山観世音菩薩像」。意図せず自然に筆が走っているようで唸ってしまいました。鉄斎の内面描写は、単に技術・技巧と違い真似できないものだと感じます。
日本画の歴史に名を遺しながら画家ではないという鉄斎。今、画家としてどう生きようか、迷っている私に示唆を与えてくれたような気がします
▲竹村寬来・1983年兵庫県生れ。京都造形芸術大学日本画科卒業。宝塚市展優秀賞、鉄斎美術館賞受賞。海外ART FAIRなど多数出品。国内外を問わず展示活動する他、逆瀬川アピアカルチャー、アトリエ創治朗(伊丹市)で日本画の講師を務める。宝塚市在住