鉄斎は中国、日本を問わず歴史上の人物に関心を持ち、特に儒教的な教えを説いた学者や文人などを顕彰し、画に遺しています。中でも宋の詩人・蘇東坡には並々ならぬ敬意と共感を寄せ、東坡像を多く描き、文人の姿を伝えています。また、画を文人の遊戯とする鉄斎は大津絵にも学び、ひょうきんで表情豊かな人物を描くとともに、風俗画には巧みな群像描写が見られます。
鉄斎が敬愛する人物像のほか、風俗画にみる人物にも注目したい
人物画といえばまず、肖像画を思いうかべるのではないでしょうか。古代中国では帝王や聖賢者の姿を後世に伝えるべく描かれ、日本でも天皇や高僧などは奈良、平安の時代から描かれていたと思われます。
そういった目的の肖像画とは異なる、人物画が描かれだしたのは、桃山時代から江戸時代にかけて風俗画が誕生したことに起因します。日本ではその風俗画がやがて人物画として発展していったといえます。
ちょうどその頃に、鉄斎が人物画を描く時の師と仰ぎ、大津絵の元祖とされる土佐又平(岩佐又兵衛勝以)が現れます。鉄斎は大津絵が好きで、大津絵のイメージを持つ世俗的な人物画も多く描いています。『擬土佐又平筆法遊戯人物図』の人物表現は各々の生き生きとした表情が印象的です。
風俗画にみる人物表現では北海道の熊祭(イオマンテ)『蝦夷人熊祭図』や実際に体感した漁市の面白さを即興的に描いた『三津浜漁市図』には、多くの人物の表情を豊かに描き分けていることに驚かされます。
さて、鉄斎が描いた肖像画と古典的な肖像画とはどう違うのでしょうか。それは権威や財の象徴とは無縁という点です。鉄斎は中国や日本の故事、逸事を題材に敬愛する人物の思想や生き方をとらえ、肖像に表しています。中国の人物では老子、陶淵明、陸羽など老壮的、隠遁的な人物を様々な図柄で繰り返し描き、日本の人物では歴史上に残る忠臣とされる楠正成、正行父子や文人墨客の松尾芭蕉、頼山陽などを描いています。鉄斎が特に好んで主題としたのは宋の文人蘇東坡ですが、その人物画を観れば東坡の人生や人となりを知ることができるのも、鉄斎の技法を超越した、画面の中の人物に対する愛情と優れた洞察力にあるといえるのではないでしょうか。
*「鉄斎美術館開館二十五周年のあゆみ」から
【村越英明氏執筆の鉄斎の人物画】を参照しています。
擬土佐又平筆法遊戯人物図明治四十五年 七十七歳
鉄斎―器玩にみる交遊録―
会 期 9月19日(木)~10月29日(火)
会 場 鉄斎美術館別館「史料館」
開館時間 9時30分~16時30分
入場無料
休 館 水曜日
9月18日(水)まで夏期休館