四月は春の大祭が厳かに執り行われた清荒神清澄寺。五月に入り、新緑が鮮やかに山を彩り、薫風が爽やかに西の谷をわたります。鉄斎美術館では、日本国中旅をし、足跡を遺した近代文人画家・富岡鉄斎が訪れた地から主題を得て描いた貴重な作品が展示されています。宝塚手工芸協会公募展の発足に尽力し、会長を経て理事長として活動する革工芸作家・秋山文子さんと「鉄斎の旅」(前期展示)を辿りました。
旅行で宝塚に来られた方にはよく鉄斎美術館をご案内しますが、駆け足で観てしまうので、ゆっくり1点ずつ鑑賞してみると、鉄斎の画の魅力というか、魔力に引き込まれていきます。
鉄斎は41歳までに南は鹿児島から北は北海道まで旅し、名所旧跡を訪ね、信仰の対象でもある富士山にも自ら登りました。その体験を基に書物や資料から得た深い知識によって、後に多くの画を生み出したといいます。
鉄斎が尊敬する三人の人物が立山に登る姿を描く図「池大雅高芙蓉韓大年遊岳図」は山頂の墨の表現に目を惹かれ、手を合わせたくなってしまいます。
後期展では前述の三人が富士山に登る様子を描く「三老登獄図」(右上の作品)や86歳で富士を描いた「社頭暁景図」が展示されるので、とても楽しみです。
展覧会目録には鉄斎が富士山に登った時のことを記した「信濃浪合及登嶽記」に、富士登山の前に南信州の浪合神社を参拝し、尹良親王(後醍醐天皇の皇孫)の墓を弔ったことが紹介されていて、鉄斎が南朝史跡を巡っていたことがわかり、興味深いものがあります。
「鉄斎の旅」の中でも私が一番魅了された作品は墨の濃淡で描き出された「耶馬渓図」(秋山さんの右後)。近くで見ると筆のタッチがわかり、温かみさえ感じる風景ですが、少し離れて見ると、墨のグラデーションが際立ち、迫力がぐっと増し迫ってくるものがあります。「名所十二景図」に描かれた耶馬渓も離れて見ると洞窟が奥に続いて行くようで圧巻です。
画も見方によって何倍も楽しめることを発見することができ、創作活動に携わる者として大きな収穫を得ることができました。
▲秋山文子・宝塚手工芸公募展の立ち上げに尽力し、平成16年より宝塚市手工芸協会会長に就任。平成29年会長を退任。宝塚工芸協会に所属し革工芸作家として活動。バルセロナ国際ビエンナーレ入賞など国内外で多数受賞。韓国と手工芸を通して民間交流を行う。宝塚文化財団理事。宝塚市市民文化賞受賞。