鉄斎美術館開館40周年記念として鉄斎の座右の銘をテーマに春季の「鉄斎―万巻の書を読む―」展に続き、9月8日からは日本各地を巡り、その心象風景を描いた作品を中心に「鉄斎―万里の路を行く―」展が開催されています。美術館の巡り方や独自の絵の見方を提唱している美術ソムリエ・岩佐倫太郎さんと鉄斎が歴遊した旅を鉄斎の思想に触れながら巡りました。
私が仕事の拠点を東京から宝塚に移し、売布という場所を選んだのは、図書館が近く、その中に美術書が大変充実している聖光文庫があるからなんです。中山寺から続く巡礼街道を清荒神まで散策するのもいいものです。清荒神清澄寺の境内には鉄斎の専門美術館もあります。鉄斎は墨絵だし、読みにくい文章もあって敬遠されがちですが、画面のつくり方は現代的なグラフィックアートだし、実は生き方においてもお手本になるところがありますね。
今回、特に印象的だったのは、墨一色で描かれた「富士山図」。山にかかる雲は紙の白をそのまま残し、離れて見ても霊気が漂い小品ながら心に残る作品です。「耶馬渓図」も波が一切描かれていない水面、迷いのない筆致で描かれた奇岩や山景を観ると鉄斎が常に心の仙境を訪ねて旅したことが見てとれます(左上の写真、岩佐さんの右後、前期展示)。
また、アイヌの風俗を描いた「蝦夷人鶴舞図」などユーモアと共感に富む筆づかいで人物の表情が生き生きと面白い。鉄斎は蝦夷の地にも桃源郷を見たのではないでしょうか。
老荘の隠逸思想を読書と旅と画業で表したのが鉄斎で、その旅も物見遊山ではなく、霊気が宿るパワースポットを巡り先人を弔っている。俗塵を逃れ、権力におもねることなく、清貧を旨として、自ら描きたい画を自由に、89歳で亡くなる直前までエネルギッシュに描き続けた鉄斎は、現代社会に生きる我々がお手本にすべき年のとり方にも思えます。
私は毎回違った企画展に通うより、行きつけのお店のように、行きつけの自分の美術館を持って定期的に訪れるほうが面白い、と話しているんです。一人の画家の絵を繰り返し観ることで画家の内面を深く知ることができ、絵の本質が見えてくると、更に楽しむことができるのではないでしょうか。
▲岩佐倫太郎・大阪生まれ。京都大学文学部卒業後、大手広告代理店で広告制作ののち、キッズプラザ大阪(扇町公園の子供ミュージアム)、トヨタ・アムラックス大阪、なみはや国体開閉会式などをプロデュース。独立後、美術評論家としても、著作・講演活動を行う。2013年拠点を宝塚に移す。近著「東京の名画散歩~絵の見方・美術館の巡り方」(舵社)。
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