清荒神清澄寺の境内では11月17日に秋の茶会(野点)が催され、色づいた木々が秋の深まりを感じさせてくれます。境内にある鉄斎美術館では「鉄斎-神仏敬仰-」の後期展が開催中で、鉄斎が神道、儒教、道教の神々や仏教に学び親しんで、それらを画題とした多くの作品を観ることができます。墨を駆使しカエルやカメなど生き物を通して心象画を描き、独自の水墨世界を生み出している武田侑霞さんと鉄斎の大らかな宗教観を表す奥深い作品を鑑賞しました。
清荒神参道にある「ギャラリー六軒茶屋」の喫茶ギャラリーで9月に「YUCA展~水辺のいきもの~」を開催したので、鉄斎美術館も一度訪ねたいと思っていました。
「神仏敬仰」という難しそうなテーマですが、鉄斎が復興に尽力した太秦広隆寺の牛祭やアイヌの人たちが太古から踊る鶴舞、虎に乗った羅漢さんなど親しみやすい作品も多く、「聖者問答図」(前期)という89歳の作品は一休禅師が蓮如上人を訪ね、上人の帰りを待つ間、阿弥陀仏を枕に寝ているという遊び心溢れる楽しい画でした。
美しい色彩が印象に残ったのは「普陀落山観世音菩薩」(前期)。緑青と藍は描かれた当時のままのようです。「無量寿佛堂」と彫られた六角形の大きな印が大胆にも真ん中に捺されていて、しかも少し歪んでいるのが大らかな鉄斎さんらしくて、巨匠なのに親しみを感じます。
私は小さいころから似顔絵を描くのが好きで、今も輪郭の無い独自の似顔絵を発表しているので、70歳代に描かれた二種の「十六羅漢像」(前期)のリアルな表情に見入ってしまいました。虎にまたがった「羅漢図」(前期、左上の写真武田さんの後)の虎の顔も何とも言えないひょうきんな顔つきで、ここにも鉄斎の自由で奔放な表現を見ました。
鉄斎の画はうまいへたを超越したところにある芸術、といえるのではないでしょうか。すばらしい芸術は訴えるものがあるかどうかですから。
鉄斎の画を観ながら、仏を彫って全国を行脚した円空が思い浮かびました。荒削りだけど大らかで観る者に訴えかけてくる力強く慈悲深い仏像は、鉄斎の画に通じるものがあるような気がします。