新緑の山々に囲まれた西の谷に清風が流れる清荒神清澄寺。境内の庭木には山から下りたモリアオガエルが卵を産み付け、参拝者を和ませてくれます。端正な佇まいをみせる鉄斎美術館では、俗塵を掃い自然との調和を旨とした文人鉄斎が、理想とする世界を描いた「仙境図」をはじめ老子、荘子の思想に画題を得た作品を観ることができます。 オートクチュールの分野でデザイナーとして50年間活動、近年は黒柳徹子を始め数々のステージ衣装を手がける片岡美砂さんと後期展を鑑賞しました。
芸術を生み出す自由な魂
鉄斎は若い頃に天理の石上神社の宮司、そして堺の大鳥神社の宮司をしていたと伺い、奈良出身なのでとても身近に感じました。石上神社は生家の近くですし、今も毎月、三輪大社には参詣しています。比叡山の塔頭では護摩行の後、写経をしていますが、俗塵を排した場に身を置くと魂が清められます。
展覧会は、不老不死の仙人が住むという仙境や神仙思想に基づく、鉄斎が理想とした精神世界に触れる心地良い空間でした。
56歳の「武陵桃源図」は70歳以降の作品と違って、山の稜線も舟を漕ぐ漁夫の姿も絵全体の色調も穏やかです。同じ頃の作品で仙人がそれぞれの瓢箪を持ち寄っている「群仙翫瓢図」では、仙人の衣の色は今でいうサーモンピンクやオレンジ、コバルトグリーンなどが配されていますが、外国にはない日本独特の色彩でとても美しい。
仙境図の神山や岩に使われているインディコブルーやトルコブルーのような青も鮮やかでとても綺麗です。
深山幽谷の世界を描いた仙境図もやはり70歳を過ぎると、鉄斎の自由な魂がさく裂するというか、筆の勢いが増してきますね。
そして、すごいと思ったのは色彩の美しさもさることながら、墨一色で描かれた80歳の作品「東瀛神境図」の力強さ。内からほとばしるエネルギーをそのまま表現していて画面いっぱいに描かれているにもかかわらず、余白が生きている。墨と岱赭だけで描かれた「真愛山居図」(右上の写真、片岡さんの左後)も図柄を大胆に右に寄せ、白場を活かした天性の才能ともいえる余白の取りかたです。
下絵も無く筆を運ばせる鉄斎の頭の中の引出しには、万巻の書から得た知識と万里の路を歩いて見聞し蓄積した構想が一杯詰まっているのでしょうね。鉄斎は「意味がない絵は描かない」と言っていますが、服飾のデザインも各地を旅し、国や民族の歴史や土地の風土を研究しイメージを作りあげていきます。鉄斎の創作の原点と共通のものを感じ嬉しく思いました。
片岡美砂(かたおかみさ)・奈良県生まれ。1964年日本デザイナークラブ(NDC)正会員、70年片岡美砂洋裁研究所「アトリエ・ミサ」設立。NDC春・秋コレクション出品。89年ロンドンGNYUKI TORIMARUセミクチュールデザイン室長。85年NDCグランプリコンテストでゴールド賞受賞など多数。西宮芸術文化協会審査員。