霧矢大夢さんが演じた人物は深く心に残る。たとえば入団8年目の2001年3月、シアター・ドラマシティ公演『Practical Joke』で演じたマウロ・カダローラ。マフィアの一員だが、主人公と友情を育む憎めないチンピラだ。実はこのマウロが霧矢ファンの人気投票第一位なのだ。それまでも1994年の初舞台以来、96年、花組『ハウ・トゥー・サクシード』新人公演の主役フィンチ、98年、月組『WEST SIDE STORY』新公でのベルナルド、99年『ノバ・ボサ・ノバ』新公主演のソール、2000年、宝塚バウホール主演公演『更に狂はじ』の観世元重、『ゼンダ城の虜』新公主演ルドルフなど、新人離れした上手さで実績を積み上げていた霧矢大夢さんだが、マウロは霧矢ファンの想像をも遥かに越えて、まったく新しい魅力を放っていたのである。こういうところが天才の所以なのだが、霧矢大夢さんの魅力は多彩で、しかも無尽蔵である、因みに人気投票第二位は、04年、花組に特別出演した 『La Esperanza』のファビエルだ。クラブのオーナーでダンサー達の援助もしている懐の深い大人の男性。愛しく思う踊り子に抑え切れない思いを告白する切ない場面を、食い入るように何度繰返し観たことか。
さて、この2作品が正塚晴彦のオリジナルであることから、正塚晴彦は次にどんな霧矢大夢を見せてくれるのだろうと、大きな期待が寄せられていたが、いよいよ8月3日、宝塚大劇場で正塚作品『マジシャンの憂鬱』がショー『MAHOROBA』と共に幕を上げた。
「正塚先生の演出は台詞の言い方、動作などを細かくつけていかれます。登場人物のさりげないやり取りや、こういう人、隣に居そうだなと誰にでも思わせる人間臭さ。胸がキュンとなる、と皆さんおっしゃいます。私が正塚先生の作品に初めて出演したのは、98年『ブエノスアイレスの風』の再演の時で、誤って人を殺してしまう役でした。まだ研5で、完成した作品にあとから一人加わったこともあり、日常生活からかけ離れた心の動きをなかなかつかみ切れなかった。すると先生が、感情がグワーッと高まることがあるだろう、それを使え、と。正塚先生には自分自身の感情を呼び起こして演技に生かすことを教えていただきましたね」
『マジシャンの憂鬱』で霧矢大夢さんが演じるのは、ヨーロッパのある小国の皇太子ボルディジャール。透視能力があるという噂のマジシャンに、妻の事故死の真相解明を依頼する。
「ボルディジャールの依頼によって物語が始まるので、印象づけられるように登場したいです。皇太子と言えども一人の男であり、妻を愛する人間。皇室に親近感を抱いていただけるように演じたいと思います」
にこやかな中に見せる凛とした表情は、迎合を良しとしない役者魂の表れだ。ここ数年の霧矢大夢さんの活躍がそれを物語っている。05年、梅田芸術劇場公演『Ernest in Love』のアルジャノン、片岡愛之助と共演したシアター・ドラマシティ公演『平成若衆歌舞伎 花競 かぶき絵巻』の阿国、06年、中日劇場公演『あかねさす紫の花』の中大兄皇子、そして宝塚大劇場公演『暁のローマ』のアントニウス。特にアントニウスの、民衆を説得する長台詞の上手さは、2500人の観客の視線を一身に集めた。その直後、日生劇場公演『オクラホマ!』のジャッド・フライでは、轟悠を相手に影のある男の存在感を見せつけた。
「轟さんとがっちり組んだ芝居は初めてで、貴重な体験でした。轟さんから醸し出される男役のエネルギーがとにかくすごかった。自分も負けじと挑みましたが、舞台の空間を一瞬の内に自分の世界に変えてしまう術を学ばせていただきました」
07年、『パリの空よりも高く』のギスターブ・エッフェルは、エッフェル塔を建てる設計士だが、世間に疎く人付き合いも下手。好きな女性に思いも伝えられない、風変わりな人物。だが、全編を貫くたおやかな生命力に、リアリティがあった。
「台本に外見的なことまで書かれてあったので、普通に演じてはいけないと思い、瀬奈さん、大空さんと絡みながら明るく遊び心を入れて創っていきました」
5月に、4度目のバウホール主演公演『大坂侍』を終えたばかりである。
「出演者全員と一体感を感じることができたのは恵まれていたなと思います。ただし、これは通過点。次に大劇場でどのように生かせるかが重要です。たえず周囲に目を向けながら、自分がやるべきことに集中しなければ。下級生にはバウでの収穫を生かしてほしいですね」
舞台人として大切なことは、自分がどのように舞台に取り組んでいるかということ。それに尽きる、と霧矢大夢さんは言う。
「一生懸命やるしかない。与えられたことをやるだけではなく、やるべきことを自分で探し出す姿勢が大事。手取り足取り教えてもらう前に、見て勉強しなさい、ということです。下級生には、そういうことを厳しく言います」
同じ言葉を自身に刻み付けてきた潔さが、霧矢大夢さんの身上だ。
いまだ誰も到達したことのない男役―。
稀有な役者にふさわしい次なる大舞台を、宝塚ファンは待ち望んでいる。
※次号のフェアリーインタビューは
花組の壮一帆さんの予定です。