6月18日まで上演中の宝塚大劇場雪組公演は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇妃と「死」との愛の物語を描いたミュージカル『エリザベート』−愛と死の輪舞−。1996年の雪組公演より6度目の再演となる、荘厳で華麗なこの作品で、主演男役水夏希が新生雪組のスタートをドラマチックに飾る。
目に見えないものを演じることは演劇の本質である。演劇は心を描くものだから。
だが私たち人間が目にすることのできない「死」を演じる場合は、話がもっと複雑になる。
新生雪組を率い、『エリザベート』のトート役でトップお披露目を迎えた水夏希さんは言う。
「人間ではないトートの中に生まれる人間的な感情を、人間が演じる。しかも男役として」
1992年にウィーンで生まれた『エリザベート』。その宝塚版が96年に雪組で初演された。それ以来、星組、宙組、花組、月組でも演じられ、いまや宝塚歌劇を代表する人気作品の一つである宝塚版『エリザベート』。
その成功のカギが、ウィーン版の主役であるエリザベートの分身、トートを主役にしたこと。ハンガリー、スウェーデン、オランダ、ドイツ、イタリア、フィンランド、スイスなどでも潤色され上演されてきた『エリザベート』だが、「死」トートを主役に描いたのは宝塚版だけなのだ。
男役が主演する宝塚歌劇では必然的な転換だが、小池修一郎氏の演出は、エリザベートの愛を追い求めるトートの心情に迫り、人間的ともいえる感情に目覚めさせ、愛と死の輪舞という普遍的な永遠物語を紡ぎ出した。
「トートはエリザベートの願望から生まれたもの。もともと一つだから、いつか2人は結びつく。たぶんエリザベートもそれが無意識の場所でわかっていて、でも今ではないとトートを拒む。傷つけあったり、押したり引いたりの感情的な駆け引きをしながら、現世だけにとどまらない世界観を表現したい。トートは人間でない分、どのようにも演じられるおもしろさがあり、小池先生も出演者に合ったトート像を引き出そうとしてくださるので、苦しいけれどもやりがいがあり、楽しんでやれたらいいなと思います」
『エリザベート』初演の頃、水夏希さんはまだ入団4年目の月組生だった。95年『MEANDMYGIRL』新人公演で初主演した水夏希さんは、96年『CAN—CAN』新人公演で単独主演に挑み、熱い視線を浴びていた。
「阪急電車の車内吊り広告に、わりと早い時期から文字だけのポスターが出ていて、どんな作品なんだろうとすごく楽しみでしたね。実際に観劇してみると、全編歌で綴られていて感動しました。何よりトートの存在と音楽の新しさが衝撃的で。次の星組公演は、どうしてももう一度観たくて立ち見をした程です。」
だが97年、花組に移籍した水夏希さんは、宝塚バウホール公演『ロミオとジュリエット'99』に主演し、その現代的な魅力を一気に開花させた。人気は急上昇。同じ頃、『夜明けの序曲』『タンゴ・アルゼンチーノ』などの新人公演に立て続けに主演し、2000年6月、5組選抜メンバーでのベルリン公演に出演後、宙組へ。新人公演の主役を独占してきた人でも、新公卒業後は先輩たちが居並ぶ本公演のみの出演になって、やる気とポジションのギャップに直面するというが、その頃の水夏希さんにとっても辛抱のときではなかったかと思う。とはいえ、01年9月には2度目のバウ主演『フィガロ!』、そして02年8月には宝塚ホテルでのディナーショー『SOUL』をこなし、トップへの階段を確実に上っていった。
「私がまだ男役を模索中だった当時、同期生の大鳥れいが花組でエリザベートを演じて退団しました。大輪の花のように演じきった感があり輝いていたのを思い出します」
男役10年を迎えた水夏希さんは03年、3度目のバウ主演公演『里見八犬伝』の犬江親兵衛役で爽快な立ち回りを見せ、和物にも強い颯爽とした男役の存在感を披露した。宝塚歌劇90周年の04年には雪組と花組に特別出演して大人の色気や包容力などで観客を魅了し、演技の巾を大きく拡げた。月組が『エリザベート』を上演していた頃の05年4月、雪組に移籍した水夏希さんは『霧のミラノ』のジャンバティスタや全国ツアー『銀の狼』の殺し屋レイ、06年には星組に特別出演して『ベルサイユのばらーフェルゼンとマリー・アントワネット編—』のオスカルを役替わりで演じたあと、『ベルサイユのばらーオスカル編』ではアンドレとアランを巧みに演じ分け、芝居に強い大型スターの地位を不動のものにした。
06年7月、水夏希さんは、全国ツアー『ベルサイユのばら−オスカル編−』で主役オスカルを熱演し、その直後の『堕天使の涙』で主役にどっぷり絡む準主役の存在を人間味溢れる誠実な演技で観客の胸深く刻みつけた。
「全組の公演を経験したおかげでたくさんの人に出会うことができ、自分の物差しだけで物事を計ってはいけないことを思い知りました。人の物差しを見ようともしなかったために傷つけたこともあったし、失ったものもいっぱいあった。でもそんな経験から得たものは大きいです。その人なりの発想があることを理解し、自分の枠が広がったと思います」
12月24日、雪組トップ朝海ひかるの退団を見送った水夏希さんに、新トップとしての秒刻みの仕事が待っていた。
07年1月10日『エリザベート』制作発表、1月25日、小林一三没後50年追悼スペシャル『清く正しく美しく』出演、そして2月2日、新生雪組を率いる初主演公演の『星影の人』『Joyful!!㈼』』が中日劇場でスタートし、25日に幕を下ろした。
いよいよ『エリザベート』で宝塚大劇場お披露目である。
「トートは本当に大好きな役。でもまさか自分が演じることになるとは思わなかったし、決まってからもプロローグで高台に乗って登場する黒づくめの衣装を着た私の姿はなかなか想像できずに困りました。でもメイクをして衣装を着たときに、自分が演じるトートの方向性が見えてきました」
一見クールに見える水夏希さんだが、実はかなりの熱血漢だ。
「それこそオスカルみたいなところがある。みんなでがんばろう、と稽古しすぎて針が振り切れちゃうみたいな。今も、がんばって歌うことと、譜面通りに歌うことはちがうと分かっていても、つい力が入ってしまう。がんばりすぎないことをがんばる、ということが課題でしょうか」もちろん強弱も硬軟も自在に操る巧者である。
シルヴェスター・リーヴァイ氏が、ロックっぽい曲調とクラシックとを融合させながら作った『エリザベート』の斬新なナンバーの数々。朗々と歌い上げるオペラ主流のウィーン・ミュージカル界に賛否両論を巻き起こし、一気に世界へと踊り出た過激な『エリザベート』。
その現代性と全編を貫く生命力は、男役・水夏希の真骨頂だろう。
※次号のフェアリーインタビューは、
宙組の大和悠河さんの予定です。