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専科 轟 悠

3月17日まで公演中の宝塚大劇場宙組公演は、ミュージカル・プレイ『黎明の風~侍ジェントルマン 白洲次郎の挑戦~』と、グランド・レビュー『Passion 愛の旅』の2本立て。華やかさと渋さを併せ持つタカラヅカの顔・轟悠、戦後日本の復興に舞台裏から尽力した白洲次郎の波乱に富んだ半生を演じる。

タカラヅカが男役の芸をもって昭和を舞台化

身を削るような、たゆまぬ鍛錬から生まれた男役の芸。タカラヅカのTHE TOP OF TOP・轟悠さんの舞台姿には、侵しがたい尊厳が感じられる。

宝塚の至宝・春日野八千代の継承者として、雪組トップスターを経て専科に移籍したのが、宝塚歌劇88周年の2002年2月。同年、日生劇場公演『風と共に去りぬ』に主演。第28回菊田一夫演劇賞と第12回日本映画批評家大賞ミュージカル賞を、00年『凱旋門』のラヴィック役による文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞に続いて受賞した。

その後も04年『花供養』、06年『オクラホマ!』、07年『KEAN』など、宝塚歌劇の枠を超える作品で日生劇場公演主演をつとめ、宝塚大劇場公演にも花組『野風の笛』、雪組『青い鳥を捜して』、星組『長崎しぐれ坂』、月組『暁のローマ』などに特別出演して主役を演じてきた。

2月8日に幕が上がった宙組宝塚大劇場公演『黎明の風』~侍ジェントルマン白洲次郎の挑戦~と、『Passion愛の旅』は、轟悠さんにとって実に1年半ぶりの大劇場出演だが、年度で数えると03年度から連続出演中である。次々と新しい作品に挑み続けるハードで華麗な活躍こそ、現役スターを代表するトップの中のトップと呼ばれる所以だ。 その轟悠さんが『黎明の風』の白洲次郎役を、「重荷です」と言う。

「白洲次郎さんご本人を直接知る方もたくさんいらっしゃいます。活躍された時代が近すぎて、舞台化も演じるのも難しい現実を前提に、稽古をスタートせざるをえません」

昭和時代の宝塚歌劇化は1953年の菊田一夫による『ひめゆりの塔』以来、1991年の植田紳爾作・演出『紫禁城の落日』まで1作も出ていない。それほど困難な仕事だと植田氏自身が当時、証言している。膨大な資料が残っているために言葉遣い、衣装、小道具など、どれをとっても嘘が付けない反面、謎に包まれた部分も多く、脚本に苦労する。敗戦国・日本の独立を舞台裏から支えた白洲次郎。彼が亡くなってから、まだ23年しか経っていないのだ。

「日本統治を目的に連合国総司令官ダグラス・マッカーサーが厚木飛行場に降り立った瞬間はよく知られています。パイプとサングラス。歴史の授業を思い出します。吉田茂、白洲正子、宮澤喜一郎、そして吉田茂の娘で麻生太郎の母上の和子さんなど、実在された方々が登場する。白洲次郎は小林一三先生とお二人で、戦後接収されていた大劇場を、そろそろ返してもらえないか、と言いに行かれるほどの仲だったとか。憧れのタカラジェンヌがいたり、宝塚歌劇団とも関係が深いかたなんです」

政治も宗教も、宝塚歌劇に似合わないテーマの代表格だ。どこまで虚構が許されるか。作・演出家にも、出演者にも、覚悟を迫る作品だ。重荷でないほうが嘘である。

「作・演出の石田昌也先生は政治や宗教の話に踏み込みながらも、石田流の遊び心を存分に行き届かせて、お客様に笑って楽しんでいただける工夫をしています。私たちがワアーと大笑いした直後に横を向くと「そう言えば広島で」と重要な話が始まっている。喜怒哀楽をはっきり、と石田先生に言われています。戦火の中を逃げ惑う人々、セルロイドの人形が没収されたり、イナゴも貴重な栄養源だと衛生局から通達が来たり、ゲートルを巻いた日本兵が出てくる舞台。華やかなドレスは着ませんが、あの時代、身を削る思いで尽力された方たちのおかげで今の平和な日本の基礎ができた。生き様すべてがカッコいい、白洲次郎のような人は今はいないでしょう。とても男らしく感じます。すごくお洒落でシャイな方。後年、新幹線の中で若い女性が、素敵なおじさまねと囁き合う声を耳にして、窓の外を向いたまま動けなかったそうです」

日本は戦争に負けただけで奴隷になったわけではないとマッカーサーに迫り、従順ならざる唯一の日本人と言わせた誇り高い白洲次郎。正子夫人の姉・泰子の夫・近藤廉治の母・従子は、石田作品で01年に轟悠さんが主演した『猛き黄金の国』の三菱財閥創業者・岩崎弥太郎の従妹である。

「来年、宝塚歌劇は95周年。新しいものへの挑戦だけでは自分の懐の中にある宝物がおろそかになります。培ってきたものを伝え残していくのは上級生の責任です。男役の正装である燕尾服は1番の古典。美しく見える腕の角度や動き方、今は少なくなったシルクハットのかぶり方なども経験者が伝えて行くことが大事なのです」

歌手・ダンサーでもある轟悠さんの魅力は、最高のタカラヅカ・レビューが上演できる本拠地・宝塚大劇場と、東京宝塚劇場で余すところなく堪能したい。

轟 悠さん

1985年『愛あれば命は永遠に』で初舞台、月組に配属。88年雪組に組替え。89年『ベルサイユのばら』ではアンドレ役で新人公演初主演。92年『恋人たちの神話』でバウホール公演初主演。97年『真夜中のゴースト』で雪組主演男役に。2002年専科に配属後、03年宝塚歌劇団理事に就任。熊本県出身/愛称・トム

インタビュアー 名取千里(なとりちさと)
ティーオーエー、現代文化研究会事務局/宝NPOセンター理事主な編著書「タカラヅカ・フェニックス」(あさひ高速印刷)「タカラヅカ・ベルエポックI・II」(神戸新聞総合出版センター)/「仕事も結婚も」 (恒友出版)
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