今年、開館35周年を迎えた鉄斎美術館では記念特別展に続き、5月12日から8月1日まで「鉄斎-粉本に見る学びの跡-」が開催されています。瑞々しい新緑の鮮やかさが目に沁みる清荒神清澄寺の境内、しばし大銀杏や樫の緑を眺めながら時を過ごしたくなる季節です。元宝塚映画監督の板坂靖彦さんと、自然を愛でながら、新緑の中に佇む鉄斎美術館を訪れ、鉄斎が画を学ぶために摸写したという粉本を鑑賞しました。その中には近年脚光を浴びている長谷川等伯の千利休像や伊藤若冲の糸瓜群虫図などもあり、江戸期の深い精神との出会いでした。
宝塚映画にいた頃は撮影が始まる前に成功を祈ってよく荒神さんにお参りしました。半世紀の間に銀杏は見事な大木になりましたが、境内の佇まいは今も変わらず懐かしさがこみ上げてきます。
境内の池泉回遊式庭園や鉄斎美術館前の庭を見て、「庭は生きている」というテレビ番組を作ったのを思い出しました。
新緑の庭に自然の美を感じながら美術館に入ると、鉄斎が47歳の時に摸写した「四十七義士画像」(前・後期展示、右上の写真)をもとに48歳で本画「赤穂義士像」(前期展示、左上の写真)に仕上げた八曲一双の大屏風がなんといっても圧巻です。寺田孝忠の原画は双幅に義士四十六名が群集として描かれていますが、鉄斎はその摸写をもとに、一扇に三人から四人を克明に描き、賛にはその人物の特徴などが書かれていて、江戸という時代が人物を通して、今に甦ってきます。名を知る義士も何人かいるので人物一人ひとりに見入ってしまいますね。これは美術的価値に加え、歴史的にも一級の資料ではないでしょうか。
47人目の義士に数えられる寺坂吉右衛門を摸写した「寺坂吉右衛門像」(前・後期展示)もあり、鉄斎の赤穂浪士への強い思いが感じられます。
豊臣秀吉の死の翌年に描かれたと思われる肖像画の摸写、「豊臣秀吉像」(前期展示)は、背景などは描かずに、鉄斎がそこから学び取ろうとした人物と賛だけを確かな筆で写し取っています。
残された粉本は歴史を明らかにする資料として貴重なものだということもわかります。
学芸員の方の展示説明が土曜日の午後にあるそうですが、できればいつでも音声で説明が流れれば、より展覧会を楽しむことができ、鉄斎への興味が深まると思うのですが。
現代の人に鉄斎という人物を知ってもらうには歴史再現ドラマなどもいいかも知れません。
板坂靖彦・1937年東京生まれ。
日本大学映画科卒業、61年宝塚映画入社。久松静児、岡本喜八、木下恵介各氏の助監督を務め、71年映像演出家として独立し、「庭は生きている」「国宝・その心」などテレビ・ドキュメント番組など多数演出。代表作にアニメ映画「十六地蔵物語」、文部大臣賞を受賞したドキュメンタリーフィルム「一枚の葉っぱ・小倉遊亀の世界」