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〈アトリエ訪問〉造形作家・谷森ゆかり―自分を見つめること。見つめ返すこと―

〈アトリエ訪問〉造形作家・谷森ゆかり―自分を見つめること。見つめ返すこと―

創造は、日に新たに

「お金もなく、仕事もなく、行く所もない、帰りたい所もない。信じる事もわからなくなった。この無気力な日々。彷徨える魂。先を見つめた虚しい現実。ただあるのは、臆病な勇気と情熱だけだった」。

 この文章は、2004年春に大阪の河内長野市にある彫刻家・福岡道雄氏のアトリエの庭を借りて、〈薔薇色の螺旋〉と題した屋外展に挑んだ谷森ゆかり(宝塚市安倉在住)の案内状の冒頭文である。

 晩秋のとある日、私は、樹々が黄葉している神社近くにを構える谷森を訪ねた。1999年谷森は、大阪芸術大学の卒業制作で「鍋井賞」を受賞したが、卒業後は、暫く社会人として色々な職業に就いている。2002年、一念発起し、残らない彫刻としての素材である土やセメントによる〈記憶〉で、大阪の画廊「編」で初個展を行う。谷森が、彫刻に取り組む契機となったのは、福岡道雄氏が著した『何もすることがない 彫刻家は釣りにでる』(1990年、ブレーンセンター発行)を読んだことによるそうである。

 さて、〈薔薇色の螺旋〉は、発表の半年前から徒手空拳といった気持ちで、ただひたすら穴を掘りつづけた。深さ1.8m位の穴を掘り、土を介して自問自答し、地下に棲む生き物に、地中で繰り広げられる生成のドラマに、自空間、存在や不在、生と死といったことなどを思考する取り組みともなったのではないだろうか。

 この発表を機会に谷森は、数年間の信濃橋画廊(大阪市)での個展に〈薔薇色の部屋〉という名称を冠している。薔薇色の赤に生命を重ね、その色を現代の色として見立てている。

 谷森の一貫した制作姿勢は、残せる彫刻はつくらないことである。“創造は、日に新たに”を自己に課している。「生まれた時も裸、死ぬ時も裸ですよね!」と私に語りかける谷森。「自分を見つめること。見つめ返すこと」と言葉をつづける瞳の奥に、谷森の静かな中にも強い制作姿勢への拘りを感じた私。

伊丹市立美術館 宮ノ前 072(772)7447

谷森ゆかり プロフィール
1999年 大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業
〈個展〉
2002年 画廊 編(大阪)
2003年 信濃橋画廊(大阪)
2004年 福岡道雄仕事場[庭](大阪)
      信濃橋画廊
2005年 信濃橋画廊
2006年 信濃橋画廊
      アートスペース虹(京都)
2007年 信濃橋画廊
2008年 信濃橋画廊
2009年3月 信濃橋画廊(予定)

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