サヨナラ公演が始まったときはまだ、次のトップは誰か、朝海ひかるさん自身、知らなかったという。
公の発表はともかく、本人だけはもう少し前に聞いているものと思っていたから、少々、驚いてしまう。
宝塚のトップスターに就任するということは、大変なことだ。宝塚のトップスターは2527席ある専用劇場で毎回主役を務める。従って、どんな演目、どんな役がきても、誰よりも美しく華麗に輝いていなければならない。しかもトップの出番の数は極めて多い。
もし、トップと同じくらいの活躍をしていると自負するスターがいたとしても、トップ就任後には、トップの忙しさは比べ物にならないと告白するだろう。トップスターは宝塚歌劇団を代表するスターであり、阪急電鉄の象徴なのだ。宣伝広報も重要な仕事であり、その責務はとても重いのである。
だが考えて見ると、突然の辞令に対して、「お受けします」と返答できるのは、常日頃から黙々と自身を高める努力を続けているからこそであって、そういう人にとっては辞令が早かろうと遅かろうと、大した問題ではないのかもしれない。
雪組の新トップスターに就任した朝海ひかるさんは男役として12年のキャリアがある。男役として、と改めて書くのは、ショーで男役以外の、つまりビーナスや食虫花や白鳥や天使になって踊る朝海ひかるさんに人気が集まり、娘役転身の噂がまことしやかに流れたことがあったからだ。取材の折にそれとなく聞いて見ると、「その役がその作品に必要だから、存在していると思うので、自分はその場面が求めていることを表現しようとしているだけです」とか、「天使と言っても男の天使と思ってください。中性的というよりも抽象的な役です」とか、男役であることに拘っているんだろうなと思えるような発言をしている。芝居で女役も演じた。2000年12月、シアタードラマシティと赤坂ACTシアター公演『月夜の歌聲』で京劇の世界の、男として育てられた娘アンシアを、そして2002年4月には日生劇場の宝塚歌劇88周年記念特別公演『風と共に去りぬ』に出演してスカーレットを演じている。
これからどうなっていくんだろうという楽しみが深まっていた中での、このたびのトップ就任劇。朝海ひかるさんの思いが男役一筋できたことの成果なのだ。「転身の噂は耳に入っていましたが、ずっと娘役だけを研究している娘役さんに対してとても失礼だと思いました。ショーの女役だから男役の自分を生かせる部分があるというだけですし、スカーレットは代々、男役が演じてきた役。それが似合うからといって、娘役に転身することとはまったく違うお話だと思いました」
改めて単刀直入に聞いてみたら、竹を割ったような答が返ってくる。男役・朝海ひかるの魅力の一つが、この清涼感だ。舞台での一瞬一瞬の、すっきりとムダのない、均衡のとれた形の美しさと共に、彼女だけの魅力である。朝海ひかるさんの新トップとしての活動は、2002年秋の全国ツアー公演『再会』『華麗なる千拍子2002』からスタートしている。『再会』は宙組から雪組に移籍直後の大劇場公演だった。「ほろっとするところがあって、心あたたまる大好きな作品です。またちがう角度から作品を観ることができ、もう一度させていただいてうれしかったです」
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