『愛するには短すぎる』『ネオ・ダンディズム!』を最後に、星組トップスター湖月わたるさんが退団してしまう。トップを極めたスターの常とはいえ、ファンの一人として本当に寂しいと感じる。
「入団して18年目ですが、自分としては、これくらいの時期がいいのでは、と何となく思っていました。ありがたいことに、ずっと仕事も多くて、特に主役をさせていただくようになってからは夢中でした。小さい頃、宝塚歌劇を見て大好きになり、親を説得して受験し、ほかの進路のことは何も考えずにただ突っ走ってきましたから、退団を迷わなかったと言えば嘘になります。自分で決めた道ですから、退団を口に出すときは、やっぱり勇気がいりましたね。でも韓国公演あたりから、男役としての充実感や達成感を感じる自分がいて、そろそろいいかなあと」
思い返せば2003年7月、宝塚大劇場公演『王家に捧ぐ歌』で新生星組・新トップ披露した湖月わたるさんが、その後白羽ゆりさんを新しく相手役に迎え、星組選抜メンバーを率いて宝塚歌劇団初の韓国公演に赴いたのが、2005年11月だった。演目は『ベルサイユのばら』。マリー・アントワネットを命がけで愛し抜くスウェーデンの伯爵ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン役である。
「アンドレはタイプ的に自分に合っていると思うんですよ。だから、良かった、と言っていただいても、ヨシ!って感じなのですが(笑)、フェルゼンは絶対ムリなタイプだと思っていたし、ファンの方の手紙にも、フェルゼンはワタルさんのイメージではないですね、と書いてあって、やっぱりそうかと。それが、韓国公演の直前に全国ツアーに行って、意外に良い評価をいただき、いつのまにか、こういう役もできるようになったのかなと、達成感のようなものを感じました。韓国公演でも、ショー『ソウル・オブ・シバ』で、男役としてごく自然に無理なく踊っている自分がいて、いくつも壁を乗り越えてきたけれど、もう男役が身についたということなのかもしれないなあと、充実感をもてたんです。その韓国で取材を受けたとき、なぜ宝塚歌劇は90年も続いているのですか、とか、宝塚のいいところは何ですか、などと聞かれましたが、それは、やはりバトンタッチしてきたからなんですよね。いつの時代も次から次へと新しいスターが生まれてきたから、今日まで続いてきた。そのことを思うと、自分もそろそろ決めなきゃと。この4年間、すごくがんばってきたし、バトンタッチするなら自分は全速力で飛ばしながら、もがき続ける中で辞めたいなと思いました」
本公演での主演作は『王家に捧ぐ歌』『1914/愛』『花舞う長安』『長崎しぐれ坂』『ベルサイユのばらーフェルゼンとマリー・アントワネット編』、ショーでは『タカラヅカ絢爛』『ロマンチカ宝塚'04』『ソウル・オブ・シバ』、シアター・ドラマシティ公演『永遠の祈り』、梅田芸術劇場メインホール公演『コパカバーナ』のほか全国ツアー公演、中日劇場公演、韓国公演、ディナーショーなど、星組トップ就任後のものをざっと数えただけでも、すごい数の舞台をこなしている。初舞台からの活躍ぶりが想像できるというものだ。
「入団した頃は、毎日踊っていられることが、ただうれしかったんです。でも男役は踊るだけでなく男の人としてお芝居をしなければいけないんだと気づいて、とまどいました。観るのとやるのとでは大違い。短靴を履くと歩きにくいし、リーゼントも化粧もなかなかうまくできない。意外にカッコつかないものなんだなと何度も頭をぶつけながら、その時々を楽しんで一生懸命やってきました」
舞台袖から勢いよく飛び出してくる湖月わたるさんは、いつも笑顔だった。いや、役によって笑顔でない時もあったはずだが、思い出すのは楽しくてたまらないと言っているような表情だけである。それがいつのまにか、憂いを含んだ大人の男の表情が似合うようになっていた。
星組から宙組発足メンバーになったのが1998年1月。2000年6月には、新専科制度発足と同時に、他の組の準トップらと組を離れて専科生に。それ以後、雪組、月組にも出演し、外部の舞台『フォーチュン・クッキー』もこなす多彩な活躍ぶりだった。
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