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-バックナンバー- 2006年2月号
悲劇の王妃アントワネットの人間として母としての姿をも描き出す


 フランス王妃マリー・アントワネット役で、星組主演男役・湖月わたるの相手役としての宝塚大劇場お披露目公演を迎えた白羽ゆりさん。

 高く結い上げた髪、煌めく宝石飾りや、幾層ものレースと刺繍を施した豪華なドレスに身を包んだ白羽ゆりさんの、生きているフランス人形のような美しさを見ていると、断頭台に消えたアントワネットの残酷な運命の哀しさが深く胸に迫ってくる。

月組安蘭けい  マリー・アントワネット生誕250周年記念として、初演から実に31年を経た今年、5年ぶりに再演が実現した宝塚歌劇の名作『ベルサイユのばら』。星組によるフェルゼンとマリー・アントワネット編では、アントワネットが子どもと引き離される新場面が加わり、一人の人間として母としてのアントワネットの姿が描かれている。
 フェルゼンとマリー・アントワネット編といえば、運命的な出会いをしたスウェーデン伯爵フェルゼンとの逢引の場面や、牢獄のアントワネットを救いにきたフェルゼンとの最後の別れの場面などが思い出されるが、母であるアントワネットの心情もまた、時代を超えて誰もが共感できるテーマなのだ。

「実在したアントワネットに関する資料は、断頭台や牢獄のことなどが書かれてあるリアルなものもあります。王妃は子どもと引き離されてから頭髪が真っ白になり、石でできた牢獄の壁の割れ目から、中庭を散歩する子どもを見るのが生きがいでした。それだけ子どもの存在は大きいものだったのです。私自身が資料から衝撃を受けたリアルな部分を理解することで、フェルゼンとの夢夢しい場面を一層、お客様に夢物語として楽しんでいただけるよう演じられたらいいなと思います。フェルゼンへの愛と子ども達への愛という、両極端の感情を持つのは正直苦しいです。子どもへの愛情に比重がかかると、フェルゼンと逢引している場合じゃないわ、と思ってしまい、自分の中のバランスに悩んでいます」
 だが、この二つに引き裂かれる思いこそ、白羽ゆりという逸材を生かす仕掛けなのである。

2004年、『青い鳥を捜して』で演じた、わがまま女優ブレンダ。見る人の常識的な期待を見事に裏切る出来映えだった。あの度胸のよさ、あの弾けかげんが、白羽ゆりさんのもう一つの魅力なのだ。

「どうして私にこの役を、と演出家の先生にお聞きしたくらい、難しくて本当は逃げ出したかったんです。でも、たまにはこういう役をやったほうがあなたにとってはいいんじゃないかと言われて、やるなら今しかない、と。一生懸命に役を演じることで作品が楽しかったよねと思っていただけたら、と気持ちが固まって、あのブレンダが生まれました。かわいい娘だけでは…と自分の気持ちの中でも変化したんでしょうね…」

 と言うが、もちろん、かわいい、綺麗、初々しい、の形容詞がつくヒロインひと筋の人。
初ヒロイン役は2000年、宝塚バウホール公演『更に狂はじ』の、みづのえ。初舞台が1998年『シトラスの風』だから、急ピッチの抜擢である。00年にはドイツ・ベルリン公演にも参加した。01年、月組から雪組に移籍。宝塚歌劇88周年の02年は、日生劇場公演『風と共に去りぬ』でスカーレットIを演じた。同年、『追憶のバルセロナ』新人公演で初ヒロイン。バウ『ホップ スコッチ』でもヒロインの一人バーバラを好演し、03年『Romance de Paris』で新公2度目のヒロイン、王女ナディアを演じた。04年、『スサノオ』新人公演ではアマテラスオオミカミ、90周年記念の日生劇場公演『花供養』のヒロインお与津御寮人でも、成果を見せた。

 9月24・25日、梅田芸術劇場メインホールで始まった全国ツアー『ベルサイユのばら』『ソウル・オブ・シバ』から星組主演娘役となり、宝塚歌劇団初の韓国公演に赴いて国際文化交流使節の重責を果たした。


 初舞台から8年。
「いろんな役を与えていただき、いっぱい悩んだ末、ようやく少しずつお芝居が楽しめるようになってきた時期に、このような大役をいただいて、とても驚きました。でも絶対にがんばろうという、すごく前向きな自分がいました。組を代表するお仕事をさせていただく責任の重さはありますが、とてもありがたいことなんだなと心から感じています。それには湖月わたるさんの影響が大きいと思うのですが、湖月さんはどんなに忙しくても嫌な顔をなさらない。それってすごいことだと実感したんですね。また、韓国公演に行かせて頂いたことによって、初めて日本にとって宝塚歌劇とはどういう存在なんだろう、と客観的に考えることができました。韓国の方からは、作品を演じることによって日本と韓国とのつながりがどうあってほしいですか、という質問を受けたのですが、韓国のお客様に楽しんでいただきたいという強い思いが、国と国とのつながりを深めることになったとすれば嬉しいですね」

『ベルサイユのばら』の稽古中、大きなカバンを持ち歩いていた。中には、分厚い、アントワネットの資料が何冊も。
「少しの待ち時間も惜しんで、なぜ王家の紋章であるユリでなく『ベルばら』なのか、とか、いろんな「何故」を考え続けました。私は不器用ですから、役をいただいた時からオフもずっと、どうしたらもっとお客様によく伝わるかなとか、引き出しを増やすにはどうしたらいいんだろうとか、役のことを考えるんですね。苦しいし、重いですが、楽しいことでもあります。これまでに2度の組替えを経験し、そのたびに自分の甘えみたいなものが許されない状況の中で、初舞台生と同じような初心に戻ってきました。けれども今回の星組では、学年的にも立場的にも、初々しさだけではすまされません。私はこれが初めてではなく、これだけやってきました、というものを見ていただかなければ、これまで教えていただいた各組の方にも失礼になると思うんです。今の自分をどうお見せできるかなということを、楽しめる自分がいるのを感じます。湖月わたるさんは器が大きく、何をしても受け止めてくださって、アントワネットにとってのフェルゼンとすごく重なってしまいます。心に残るようなアントワネットを演じたい。でもそれが重すぎるのではなく、やっぱり宝塚っていいよね、とお客様が笑顔になれるような舞台を目指したいと思います」

アントワネットが作曲した楽曲を初めて歌う。生誕250年を経て、世界でもっとも愛される悲劇のヒロイン、マリー・アントワネットに、今一番愛されているのは、白羽ゆりさんだろう。



※次号のフェアリーインタビューは、 雪組の朝海ひかるさんの予定です。

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インタビュアー  名取千里(なとり ちさと)  
 (ティーオーエー、日本広報学会会員/現代文化研究会事務局 /宝塚NPOセンター理事  

主な編著書   
「タカラヅカ・フェニックス」 (あさひ高速印刷)   
「タカラヅカ・ベルエポック」(神戸新聞総合出版センター)  
 「仕事も!結婚も!」(恒友出版)


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