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-バックナンバー- 2006年1月号
多くの男役スターが、「男性の包容力」という壁にぶつかるという。愛や情熱、悲しみや苦しみ、といった感情は、女性の中にもあり、イメージできる。しかし女性が思わず寄りかかりたくなるような男の大きな包容力は、一体どのようなもので、どうすれば演じられるのか。女にとって男が分からないように、雲をつかむような作業なのだ。それでも、男役スターは、いつか必ず「男性の包容力」を身につける。安蘭けいさんの場合は、王女アイーダを演じたことが、大きなプラスになったという。
「アイーダはそれまで演じたことがなかった役。お話をいただき、ワクワクしました。とても魅力的な人物。歌のキーは、男役の自分に合ったものだと思っていたら、女性の裏声で歌わなければならなかった。でも、それが結果的にいい経験になり、今でも役立っています。アイーダは女役なのに、演じながら包容力を感じました。アイーダは包容力のある役だったのです。自分にない男性の包容力をどう表現したらいいのか、むずかしく考えすぎていたことが、アイーダを経験して分かりました。包容力は自分の中にあった。人は皆同じなんだと。その包容力を、アンドレにつなげたい」
安蘭けいさんは、ただの二枚目ではない。舞台実績がそれを物語っている。まず思い出すのが、新人公演『エリザベート』の初代トート。新人らしからぬ堂々とした歌唱力と迫力ある演技が、その後の安蘭けいさんの活躍につながった。宝塚バウホール主演作品も型破りだ。『花吹雪 恋吹雪』の石川五右衛門、『巌流』の佐々木小次郎。安蘭けいさんが舞台に咲かせる大輪の花の濃厚な薫りと含蓄のある演技によって存在した主役である。
「10月にシアター・ドラマシティで演じたばかりの『龍星』は、どうやって主役にすればいいのかという初めての戦いを経験し、本当に苦しい稽古場でした。戦争孤児で、偽りの皇子の龍星は、台本をどう読んでも影が薄い。皇子に生まれ宰相の息子として育てられた本物の龍星のほうが面白いし、イメージも膨らむんです。けれども作・演出の児玉明子先生がどうしても前者を主役にしたいと。これまでの宝塚歌劇にはありえないような主役だったので、幕が開くまで不安でした」
本物の龍星と戦い、宗の皇帝・龍星として孤独に生きていく人間の、どこか、なにかに共感してもらいたかったという、安蘭けいさんの目指した主役像が、舞台の上に見事に生きていた。
「幕が開いた瞬間に、お客様が主役として受け止めてくださいました。その熱さが私には意外な程で、うれしい驚きできたね。舞台に立つといろんなものが見えてくるし、それによって周りも変わってきます。『龍星』では下級生が舞台の上でメキメキ上達しました。出演者みんなで思うことを言い合い必死になって作品に打ち込む、舞台づくりはいつも楽しいです。今回もまた演技者としての新たな一面を引き出していただいたような気がします。こんなに素晴らしい役をいただいたあとで、自分でも欲張りだなと思いますが、これからもまだ演じたことのない役をやり続けたい。そうして舞台人としても人間としても成長したいと思います」
安蘭けいさんが話す言葉には嘘がない。何でも話すということではなく、「話すのは舞台に関することだけ」ときっぱり言い切る安蘭さん。それなのに、そんなことをお聞きしていいのですか、と思うくらい、真っ正直な言葉が返ってくる。
創ってきた自分を壊して皮を剥ぎ、本来の自分を隠さずに出していくのがいいことに行き着いたという、安蘭けいさんの芸道は、夢心地で観るだけではもったいないほど美しい。
※次号のフェアリーインタビューは、星組の白羽ゆりさんの予定です。
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インタビュアー 名取千里(なとり ちさと)
(ティーオーエー、日本広報学会会員/現代文化研究会事務局 /宝塚NPOセンター理事
主な編著書
「タカラヅカ・フェニックス」
(あさひ高速印刷)
「タカラヅカ・ベルエポック」(神戸新聞総合出版センター)
「仕事も!結婚も!」(恒友出版)
ウィズたからづかは
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