花が好きだから、一文字の花の名前がいい。
そう思い、咲き切った形のまま一気に散る椿を選んだ。「ポトッと落ちるのでよくないと言われましたが、いつか散るなら潔いほうがいいと思って」
宙組宝塚大劇場公演『傭兵ピエール』〜ジャンヌ・ダルクの恋人〜で、フランス軍大隊長ラ・イールを演じる椿火呂花さんは、そう静かな口調で話し出す。
大きな目に強い光を湛えた舞台姿から想像するのはむつかしいほど、素顔はソフトな雰囲気に包まれた人だ。こういう面もあるのね、と新たに好奇心が刺激される。いや、こちらの方が本来の椿火呂花さんなのだろう。女性が演じる男役というものが徹底した虚構の上に成り立っていることを、実感する瞬間である。「ラ・イールは専科の先輩方が演じるような役だとお聞きしたので、自分は前々からそういう役をやりたいと思っていたこともあって、すごくうれしいです」
ラ・イール大隊長は、主役のピエールより年齢も身分も上だ。まだ入団して9年目の新進男役スター椿火呂花さんが、そのラ・イールをどのように演じて見せるか、とても楽しみなのだが、もう一つ、椿火呂花さんのラ・イールを絶対に見逃せない理由がある。この舞台を最後に、
椿火呂花さんは退団してしまうのだ。
この取材を申し込んだのは昨年12月だったが、そのときはまさかサヨナラ取材になるとは想像もしていなかった。1月13日の電撃発表で知り、驚いたが、どうやらそれは私だけではなかったらしく、あちこちから、スターの道を歩んでいたのに惜しい、なぜなの、という声が聞こえてくる。
椿火呂花さんは1995年に初舞台を踏んだあと、星組に配属になり、『黄金のファラオ』や『花の業平』などの新人公演で準トップの役を演じた。2001年10月に宙組へ移籍後、11月『カステル・ミラージュ』の新人公演で初めて主役を演じ、翌02年4〜5月には宝塚バウホール公演『エイジ・オブ・イノセンス』の主役に抜擢されて、東京の日本青年館でも主演した。
「宝塚歌劇は幼稚園の頃から母に連れられて毎月、東京宝塚劇場で観ていました。高校で進路を決める時になって、大学に進むよりも、好きなことを仕事にできたら、と思い、それから音楽学校を受験する準備を始めたんです。
長いファン時代があったので入団してまもない頃は毎日が楽しくてうれしくて。上下関係の厳しさも聞いていましたが、中学・高校の部活での先輩後輩の関係とそれほどかわらないと思いました。研4になった頃、お芝居の脇を固める先輩のすばらしさに気づいて、こういう舞台人になりたいと思い始めたんです。宙組に組替えになり新人公演の主役をさせていただいた時は、新人公演の最終学年でもあり、長として下級生を引っ張っていく必要がありました。けれども知らない人ばかりで、どうしたらいいかわからない。結局、自分に与えられた役に全力投球するだけで精一杯でしたね。続いての宝塚バウホール主演も自分の中の何かを認めていただいてうれしいという気持ちと同時に、真ん中に立つ演技者の見せ方がまだ消化しきれていないという迷いがあって、どうしたらいいんだろうと。
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