『鳳凰伝』〜カラフとトゥーランドット〜、『ザ・ショー・ストッパー』の稽古集合日に久遠麻耶さんは退団を発表した。1994年『火の鳥』で初舞台を踏んでから9年目。
これからというときに、なぜ?
舞台映えのする端整な容姿、気品ある甘いマスク。クラシックバレエで鍛えた華のあるしなやかな動きと、純な芝居心。久遠麻耶さんの前には、主演スターへの道がまっすぐ続いていたはずである。
宝塚に入団した人すべてがトップスターをめざしていると言い切ってしまうのは、まちがいかもしれない。けれどトップスターになることは、宝塚の舞台に立つ人なら一度は本気で憧れる、大きな夢であろう。
宝塚の舞台は一度辞めたら二度と立てない特別なところだ。大好きな宝塚を辞めるからには、それだけの理由がいる。結婚?女優転身?
「どちらでもありません。宝塚が好きで入りましたが、真ん中に立ちたいと思って入ったのではないので、新人公演の主役をさせていただいている時、色々と考えさせられる事があり、このくらいの時期に退団しようと自分の中で思いはじめました。時間をかけて決断したことなので後悔はありませんし、今も宝塚が大好きです。自分の胸に秘めている間は辛かったのですが、発表したらすっきりしましたし、みなさんのあたたかい気持ちをすごく感じられるようになりました。幸せに辞めていけそうだな、この時期に退団を決めてよかったなと、今、心から思えます。悩んでいたことが嘘のようにふっきれて、一瞬一瞬を楽しくすごしています」
久遠麻耶さんは初舞台後、星組に配属になり、96年、宝塚バウホール『ドリアン・グレイの肖像』のサロメ役に抜擢された。この舞台で大きな一歩を踏み出した久遠麻耶さんは98年、宙組に発足メンバーとして移籍。宝塚歌劇団初の香港公演に出演後、宙組お披露目公演『エクスカリバー』の新人公演で準トップの役、クリストファーを演じた。次の『エリザベート』の新人公演でも要のルイジ・ルキーニに挑み、99年『激情』の新人公演ではファン待望の主役ホセを熱演。2000年『砂漠の黒薔薇』の新人公演でも主演し、同年、ベルリン公演に宙組選抜メンバーの1人として参加。新トップ披露公演『望郷は海を越えて』の新公主演を最後に、7年間の新人時代を卒業した。
「『望郷は海を越えて』の本公演で演じた水主・船越伊三は私自身、性格的に共感できるところが多くて、思い入れも深かったです」
トップスター和央ようかが扮する水軍・九鬼一族の末裔・九鬼海人と初めての航海に出た伊三。船はシベリアに漂着し、海人たちは苦労の末、ようやく日本に辿り着くが、伊三は最後の航海日誌を書き終えると息を引き取る。尊敬する海人から航海日誌をつけるように言われ、過酷な漂流生活の中でも欠かさず書き続ける純粋な伊三の人柄を、久遠麻耶さんは一途に演じて観客の涙を誘った。
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