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-バックナンバー- 2002年11月号

 あるショーでのこと。春野寿美礼さんが舞台に飛び出すように出てきて歌い出したとたん、何だか胸がふわっとあったかくなり、目が離せなくなった。なんと華やかなと、ただただ感嘆していたが、次第に、春野寿美礼さんの華やかさには観客に手を差し伸べて話しかけるような温もりがあることに気付く。
 それだけではなかった。春野さんは、夜明け前に感じる、しん、とした静寂を合わせもっていて、その類希なスター性に心を奪われた。
 そんな春野寿美礼さんが花組の新しいトップスターに就任した。本拠地の宝塚大劇場では、10月4日から、 あの神秘的なミュージカル『エリザベート』でお披露目公演中だ。来年1月2日には東京宝塚劇場でも幕を上げる。
『エリザベート』は1992年にウィーンで初演され、その後、宝塚歌劇団が96年に雪組と星組、そして98年に宙組でも上演した。
 2000年には男女混合の東宝版もできたが、ヨーローッパ随一の美女、オーストリア・ハンガリー帝国の皇妃エリザベートが「死」と恋愛関係にあったとするこのミュージカルの宝塚版の魅力は、何と言ってもトップスターが演じる黄泉の帝王「トート」の美しさ、これを抜きにしては語れない。
 冥界に迷い込んだ少女のエリザベートに一目ぼれしたトートは、その愛を得ようと、彼女が皇帝フランツ・ヨーゼフと結婚したのちもひたすら追い求める。けれども、息子ルドルフの死に嘆き悲しむエリザベートが助けを求めて差し出した手を、トートはきっぱりと拒む。「あなたはまだ私を愛してはいない」と。
 この瞬間、トートは観客である私の胸を鷲掴みにする。死は逃げ場ではない、という真実を突きつけられ、ついにトートに魂を奪われてしまうのだ。今回、春野寿美礼さんは、どんなトートを見せてくれるのだろうか。
「髪の毛をブルーにして、ビジュアル的にも自分なりの新しいトートになればと思っていますが、やはり大事なのは内面ですよね。 自分がどういうトート像をつくるかということが問題だと思います。これまで各組のトップさんが演じられたトートはそれぞれ個性的で魅力があって素敵でした。私も自分の個性を無視すると魅力あるトート像を創れないと思うんです。トートは人間ではないので自由に創れる反面、どうすればいいのかと迷い、悩みました」
 エリザベートの思いが形になったのが、トートだ。ならばトートはエリザベートに恐怖感を与えるだけではないはず、と春野寿美礼さんはエリザベートの心の中を想像する。
 「一般的に、死は人間に対して威圧感や恐怖感を与えるものですが、トートの場合はそれだけではなく、エリザベートに安らぎを与える存在でもあるんですね。だったら私は二人の甘美な世界を描きたいなと思ったんです」
 つまり、甘さを出していきたい、ということなのだ。この思いが春野さんの胸に芽生える具体的なキッカケもあった。

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