いつの日か鉄斎のように自由に
若い頃からお寺や仏像に興味があり、 鉄斎美術館のある清荒神清澄寺の天堂や本堂は以前よく描いていました。 その時に春の大祭の百味練供養に出会って興味がそそられ是まで描いていた本堂をバックに百種の山海の珍味を捧げる喜代寿女を描いたことがあります。
その作品がウィズたからづか創刊号の表紙を飾ることになったんです。 15年も前のことでまだまだ未熟でしたが、 今も人物や仏像など描きたいテーマは変わらず、
ここ10年はインドを描いています。 秋の院展に出品した作品にも三面六臂の仏像を描きました。
私は故小松均先生の自由な作風の絵に出会って日本画を始めたんですが、 先生は鉄斎が好きで、 「大原風景」 などは鉄斎の影響を受けた作品だと思います。
私達の頃は画法を学ぶために摸写もしました。 描いた人の気持ちまでが分かってきて、 案外楽しいものでしたよ。 自分の作品だと、 構図を考えるときも、
色を出すときも苦しみしかないのですが…(笑い)。
鉄斎はあまり苦労せずに描いたのでしょうね。 下絵も書かず筆の動くままに一気呵成に描いてる。 ある種天才ですね。 粉本を観ていると歴史上の尊敬する人物、
仏画、 風景はもちろん、 日本各地の地誌にも関心を持って、 自ら足を運び絵図を写しているのにはびっくりさせられます。 絵図は初めて観ました。
紀夏井の旧跡から出土した古瓦を手に入れ、 その拓本を表装に使っている 「土佐古府蹟之図」 を観ると鉄斎の思い入れがどんなものだったかもわかり興味深いですね。
それに、 摸写といっても伊藤若冲の 「糸瓜群虫図」 や岡田米山人の 「中村芝翫七変顔図」 などは展示されている原画のカラーパネルや原本と見比べると、
すでに鉄斎の作品になってしまっているのがわかります。 簡素化され、 強調された線はその人物をよりリアルに見せています。 鉄斎の人物画はそれが魅力です。
今、 私は毎年 「日本美術院展」 に出品するために苦しんでいるのですが、 いつかはあらゆるしがらみを取り払って鉄斎のように自由奔放になりたいと思いますね。
鉄斎のように長生きをして。
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